浄霊、除霊で霊障が完璧に解決出来る神鏡神霊相談所。---除霊法、浄霊法で霊障を解決しよう。「浄 霊と浄霊法」


除 霊について
  • 一般的に除霊とは憑依霊を人物もしくは家屋等から一時的(強制的)に取り除く事を言います。つまり霊憑依が認められる場合、人に憑依している憑依霊や家屋等の自縛霊に対して「言葉での説得、お経、九字、念術」等で霊憑依を解く方法です。

  • 上記の「言葉での説得、お経、九字、念術」等の除霊は能力者、霊能者自身の生体エネルギーを使った除霊の方法であり、人間界で何十年、霊界で何百年も存在して霊力を蓄えた霊体を侮って生半可な能力で対応すれば下手をすると能力者自身に危害が及ぶ危険性があります。

  • 又、除霊は一時的に憑依を解く方法であり、霊体のその苦しみが解決出来ない場合には言葉での説得、九字、念術等の除霊は難しいと言えます。尚且つ、人の身体(急所)にくさびのように食い込んでいる悪霊の場合には「言葉での説得、お経、九字、念術」等での除霊は不可能であり能力者、霊能者自身が悪霊の霊力によって命を失うことも考えられます。

浄 霊について
  • 浄霊(じょうれい)とは、簡単に言えば霊を清める事を言います。つまり浄霊は苦しんでいる状態の霊のその苦しみを取り除き、霊体を綺麗な状態にして霊界の高い場所に送り届けることを言います。

  • 除霊と違うのは除霊は一時的に霊体を引き離す方法であって霊体の苦しみはそのままなのです。しかし、浄霊は霊体の苦しみを取り除いて高い霊界に送り届けることです。その高い霊界に行った霊体が又人間界の人間に憑依することはありません。霊体を本当に救うという意味では浄霊以外に解決方法はありません。

  • テレビの心霊番組等で、霊と会話をしたり、読経等で浄霊と言っているケースがありますが、本来の霊の救済という意味では浄霊とは言えません。霊と会話として「憑依を解く」と約束を取り付けても霊体はそう簡単に憑依を解く事が出来ません。すなわち、霊体が一旦人に憑依をすれば憑依した部位からは動く事も逃げる事も出来ないからです。

  • 霊体の浄霊は神霊界の波動でなければ出来ません。尚且つ、神霊界の波動を自分の身体に取り込むだけの体力をつける必要があるのです。生半可な仏教的な能力での浄霊は絶対に不可能です。よく除霊と浄霊を混同される方がおられますが、あくまでも除霊と浄霊は全然違うものです。意味をよくご理解ください。私の浄霊は神霊界の波動による浄霊です。

自分で出来る浄霊法で浄霊を行ってみましょう。


神を胸の中に入れましょう。(神との一体化です)
  1. 吸い込み法と瞬間浄霊法を行なう為の大事な神との一体化です。必ず行なって下さい。行なわなければ効果はありません。

  2. あなた方の胸のみぞおち、やや上の胸の骨のところに硬くて少し引っ込んだ部分があります。そこが人間の身体の中心部になります。(人間の魂の場所がこの部分です)

  3. そして、あなた方の身体の胸の部分に観音開き(両開き)の扉があるとイメージして下さい。高さが30センチ、横30センチぐらいの両開きの扉です。

  4. その扉をイメージで開いて下さい。そして、このページの「義」の文字を扉の中にいれます。つまり、あなた方の胸と背中の中心部の「魂」の位置に「義」の文字が入る訳です。「義」の文字の大きさは縦横20センチぐらいと決定して下さい。

  5. 胸の中に「義」の文字がしっかり入ったとイメージが出来たらその扉を閉めて下さい。そして、「義」の文字が胸の中にあると決定もしくは断定をして下さい。これが神との一体化です。

  6. 胸の中が暖かくなったり、落ち着き、安心感が出てくれば神との一体化が出来たと思って結構です。

 
パソコンのモニターを見て行う浄霊法(吸い込み法です)
  1. 皆さんのパソコンのモニターから出ている、神霊波動を利用した浄霊法です。(水子霊、先祖霊等の救われない霊体はこの吸い込み法で簡単に浄霊されます)

  2. まず、上記の「義」の文字を胸の中に意識します。この「義」の文字がオレンジ色に光っているところをしっかりと意識して下さい。

  3. 上記の「神霊殿」ボタンをクリックしてページを開きます。そして、緑色画面の「神霊殿」を開きます。そして、「神霊殿」の「義」の赤い文字をモニターの中心に持ってきて下さい。

  4. 「神霊殿」の赤い文字を目を開いてしっかりと見て下さい。そして、そのまま息を鼻や口から吸い込みます。その時にパソコンのモニターから出ている「神霊殿」の波動を胸の中に引き込むイメージを作って下さい。

  5. 鼻や口から息を吸い込むという感覚で同じく自分の胸の「義」の位置にパソコンのモニターから出ている「神霊殿」の波動が引き込まれている状況を強く強く思い描くのです。

  6. 神霊波動が自分の胸の中に強く入ってくるイメージがしっかりと出来れば大丈夫です。この浄霊法を「吸い込み法」と言います。これは口から息を吸い込んでいますが、それと同じく神霊殿から出ている神霊波動がダイレクトに胸に引き込まれているのです。

  7. 上記の「吸い込み法」を何度も繰り返します。この時に水子霊、先祖霊に対し「この神霊エネルギーを浴びて高い霊界に行って下さい。」と強く念じれば効果的です。この「吸い込み法」を5分〜10分程度行って下さい。

  8. モニターから出ている神霊波動はあなた方の心の状態が神に対して素直であれば意識しなくても身体の隅々まで浸透していきます。したがって、身体が軽くなってくれば「吸い込み法」が成功したと思って結構です。

パソコンのモニターを見ないで行なう瞬間浄霊法です
  1. 「瞬間浄霊法」は死に物狂いで憑依をしている霊体や金縛りを解く場合にもっとも効果的な浄霊法です。

  2. まず、このページの「義」の文字を胸の中に意識します。この「義」の文字がオレンジ色に光っているところをしっかりと意識して下さい。

  3. そして、胸の中の「義」の文字から出ている神霊波動を胸の中いっぱいに溜めるつもりで胸に一杯息を吸い込みます。義の神霊波動が胸にいっぱい溜まったイメージを持ってください。

  4. そして、あなたの体の「丹田(おへそのしたの部分)」に瞬間的に「これ以上出ない!」という強い力を入れます。ここが大事です。あくまで瞬間的にいれます。持続してはいけません。(この時に息を絶対に吐いてはいけません。)

  5. 尚且つ、憑依霊に対して「強烈な怒り」を持って下さい。そして、身体全体が爆発したようなイメージを持ってください。つまり、あなたの身体に憑依している霊体が爆発によってすべて吹き飛ぶようなイメージを作って下さい。

  6. この瞬間浄霊法はあなたの力の入れ具合で浄霊が出来るかどうか?が決まります。憑依霊は死に物狂いで憑依しています。あなたも真剣な思いで瞬間浄霊法を行ってください。

  7. 尚、この瞬間浄霊法はあなた方の魂、生体エネルギーにとっては上記に書いてある「吸い込み法」よりも大事な浄霊法です。充分に練習する事をお勧めします。


直接浄霊をお勧めします
  • 「霊障の原理」の中の「頭部に憑依をしている霊体」や「悪霊の憑依現象」の「急所に憑依をしている悪霊」の浄霊はこの「瞬間浄霊法」でも無理です。このような社会生活に危害を及ぼすような憑依現象の場合は私の浄霊を受ける事をお勧めします。

  • 又、低級な霊感の強い方は上記の「吸い込み法」「瞬間浄霊法」を行って沢山の霊体を浄霊したとしても、その低級な霊感がある限りまた沢山の霊体を引き寄せてしまいます。出来れば体質改善の為に私の浄霊を受ける事をお勧めします。

霊障の人がやってはいけない注意事項

読経などの仏教的修行では浄霊が出来ない理由
日本の仏教の経典は宗派によって読む経典は違います。経典を見られた方は分ると思いますが日本のほとんどの宗派の経典が漢字で書かれております。つまり、大陸から渡ってきた漢文の経典が日本語に解読されていないのです。

私自身、経典を解読したことがありませんので詳しい内容はわかりませんが「人として正しく生きる為の知恵」が書いてある事と僧侶が説法を行なう為の教科書としての意味があるのではないかと思っています。

一般的に読経を行なう人物と言えば僧侶に限っています。いわゆる釈迦がまとめ上げた経典(お経)を漢文のまま僧侶が音読みで読むことを読経と言うのです。つまり、読経というのは「人として正しく生きる為には・・」という事を僧侶が唱和をしているという意味です。

したがって、仏教系の能力者が浄霊と際して読経を行なうのは、地獄で苦しんでいる霊体に「人として正しく生きなさい」と音読みで唱えているだけです。生きている我々でさえお経を音読みで読まれても意味はまったく理解出来ません。

人に憑依をしている霊体は霊界に存在しているのです。そのような霊体に私達でさえ理解出来ない意味不明な読経を行っても霊体が救われる訳ではありません。お経は私達人間が正しく生きる為の教えとして釈迦が作ったものです。霊体を救う為に作ったのではありません。又、滝行などの仏教的な修行を行っても憑依している霊体を取り除く事は出来ません。

滝行などの仏教的な修行は仏門に入った人が一人前の僧侶になる為に行なう修行の一環です。霊体を救う為ではないのです。尚且つ、仏教は霊界と霊体(魂)を否定しているのです。否定しているにも関わらず霊体を救う為に読経を行なう意味が私には理解出来ません。つまり、読経や仏教的修行で霊体を救おうとしている考え方自体が支離滅裂としか思えないのです。

やってはいけない素人の生兵法(仏教的な修行)
辛い霊障を何とかしたいが為に仏教的な能力者、霊能者の言いなりのままに仏教的な読経や滝行等をさせられる場合があります。しかし、そのような仏教的な修行を行なえば逆に低級霊感が研ぎ澄まされ悪い霊体があちこちからどんどん寄って来てもっと酷い霊障に陥ってしまうという結果になるのです。仏教的な修行よりスポーツを行なうべきです。

やたらな所にお参りに行かないこと(仏教寺院、霊場等)
よく「先祖の因縁が悪いから云々」と仏閣、寺院等にお参りにいくようにと能力者に言われる事がありますが、これはよくありません。そのような場所に行けば霊感の強い方は憑依を受けにいくようなものです。余計に霊障が酷くなります。祈祷関係のお札など貼ってある場所は注意して下さい。密教関係は非常に悪い波動があります。充分に注意が必要です。

物品を買わせる能力者の所へは行かないこと
霊障を解決する事を頼んだにも関わらず、色々な物品(印鑑、水晶、壷等)を買わせる能力者がおります。この場合は霊障の解決というよりお金儲けが主体となっているのが現状です。印鑑や水晶を買ったところで霊障は解決はしません。このような能力者は詐欺師に近いと判断して下さい。物品を買わせるのは霊感商法です。注意して下さい。

降霊(こっくりさん等)について
若い人達が遊び感覚で「こっくりさん」を行なう事がありますが、これは大変危険な行為です。頼みもしないのに人間にちょっかいをかけてくるのが低級霊、悪霊の類です。「こっくりさん」は遊びと思っているかも知れませんがこれは悪霊の降霊現象なのです。霊感の強い方が「こっくりさん」を行なえば必ず悪霊が憑依をしてきます。大変危険な行為と言えます。充分注意して下さい。

人間で浄霊が不可能でも霊魂では可能

終末期医療の問題「安楽死と介護からの解放について」
「神への道」にも書いていますが私はホームヘルパー2級の資格を持っております。このホームヘルパー2級の資格を得る際は必ず数日間の実地研修を義務付けられます。私も九州のとある特別養護老人ホームにおいて2級ホームヘルパーの実施研修を受けました。

私は初めて特別養護老人ホームという場所に行ったのですがその特別養護老人ホームに入所している老人の3分の一ぐらいの人達は老人性痴呆症の人や寝たきり状態で動けない老人だったり、まったく意識はなく植物状態などで一人では何も出来ない患者さん達でした。

但し、このような特別養護老人ホームに入所出来る「要介護が必要な老人」の家庭は経済的に余裕のある方達でありご家族は介護という問題からある程度離れて社会生活が営めます。しかし、経済的に余裕がない家庭での「植物状態の老人や寝たきり状態の老人」の介護は自宅で行なわなければなりません。

その為に家族は生活自体が介護一辺倒になってしまうのです。男性が自分のパートナー(妻)の介護を行なう場合には仕事さえ辞めざるを得ない状況になってしまうのです。最近社会問題化しておりますが、自宅で自分の寝たきりの妻の介護をしている男性が自分達の生活を悲観して寝たきり状態の妻を殺めて自分も手首を切って自殺を図る事件も起きております。

このように介護は介護をしている側の家族まで「死」という問題まで追い詰める事になるのです。 介護をしている人にとっては自分の社会生活を遮断され植物人間となった人の世話のみに終始しているのが現状です。人の「死生観」は人によって違います。「生命維持装置をつけても呼吸しながら生きる事が大事だ。」と思っている方もおられると思います。

しかし、私達人間は生きている以上必ず「死」を迎えます。死ぬ為に生きていると言っても過言ではありません。その為には速やかに霊界に入らなくてはいけないのです。植物状態を何年も続けている事は神霊界、霊界の掟から考えても異常なのです。何年も植物状態の人を生きている状態で救う事は出来ません。ましてや社会復帰は不可能です。

生前から自分の魂を意識してしっかりと頑張って生きてきた人達は例え事故などで意識を失ったとしても植物状態になる事はありません。速やかに霊界を感知して自分の肉体を離脱して霊界に入っていくことが出来るのです。しかし、植物状態になる人達は元気な時から自分の魂を意識しなかった為に魂が発達しておらず霊界が感知出来ないのです。

植物状態になった人を本当の意味で救うとすれば最終的に人間が行き着く場所の霊界において救ってあげることが一番良いのです。というのは植物状態の人の魂(心)に神の波動を流して力をつけて霊界を感知させれば、その人の魂は速やかに霊界に入っていくことが出来るのです。そして家族を介護という苦痛から解放する事が出来るのです。

霊界を感知させる為にはご家族が上記に書いてある「吸い込み法」を行なえば良いのです。すなわち、ご家族が上記に書いてある胸の「義」の文字の変わりに「植物状態になった患者さん」を思い浮かべて「吸い込み法」を行えばいいのです。患者さんの魂に神の波動が届いて魂が力をつければ患者さんの魂は霊界を感知して肉体を離脱します。

魂が肉体を離脱して「死」を迎えたとしてもそのままではいけません。神霊界に上げなければなりません。死後もご家族が故人を胸にイメージして「吸い込み法」を行えば故人は間違いなく神霊界へと上がって行きます。人間の「魂」は霊界と人間界の違いはありますが人間界での死後もしっかりと霊界で生きているのです。それを絶対に忘れてはいけません。

地獄から救われた父の霊体
「神罰とガン(癌)」にも書いていますが私の父は59歳の時に肝臓ガンで亡くなりました。底冷えのする12月の寒い冬の夜でした。私の父は家庭をかえりみることはせずお金には非常にルーズな性格で身勝手な生き方をしていました。父が病院のベッドで息を引き取った時に私は心からほっとしたことを覚えております。「これで借金の督促がなくなる」と思ったのです。

父が亡くなって2ヶ月ほど経った頃です。父が夢枕に立ちました。その姿は真っ黒で顔さえも分りませんでした。しかし、私に対して苦しそうにしきりに「すまん、すまん」と言っていました。その声で父と分ったのです。私は父に私の胸の中に入るように言いました。父はすぐに私の胸に入って来ました。私は自分の胸で父の霊体を浄霊しようと思ったのです。

それから、何ヶ月か経って父が夢枕に立ちました。空色のジャケットを着て顔色がピンク色に輝きにこやかに微笑んでいました。私は「父は助かったのだ。」と思いました。又、数ヶ月後私が寝ている時にどこからか非常に美しいジャズの音色が聞こえてきました。私の夢の中で父はステージに立って数人の外人のジャズメンと演奏をしていました。

その後しばらく父は夢枕に立つことはありませんでした。そして、数年経った頃父が金色のガウンのようなものを羽織って夢枕に立ちました。父は私の手を取って飛び跳ねるようにして「これで高い霊界に行ける、ありがとう、ありがとう。」と言って去って行きました。それ以来、父が私の夢枕に立つ事はありません。父は私の胸から離れて本当に高い霊界に行ったのです。

私の父は日本の神々から「生きる資格はない。」と判断されて霊界に入ったのです。つまり、父の肝臓には「神の剣」がしっかりと刺さっていました。父が入院中によく見る夢がありました。それは自分の右の背中に槍がささっているような夢だと言っていたのです。神々は剣が背中から肝臓に刺さっているという事を夢で父に知らせていたのです。

私は生前の父に人としての生き方について何度も忠告をしましたが、父はまったく受け入れようとはしませんでした。借金の肩代わりをさせる為に私に嘘までつきました。日本の神々はその父に対処不可能のガンを発症させる為に肝臓に「神の剣」を刺したのです。そして、父は地獄霊界に送られその地獄霊界の苦しみを味わって初めて反省をしたのです。

人としての生き方が間違っていた人は必ず地獄霊界に送られます。これが人間界と霊界の掟なのです。私達人間が「死」という事を常に意識して未来の「霊界」での生活を考えた場合にはちゃらんぽらんな社会生活は決して出来る訳がないのです。何度も言いますが「人間界」は仮の世界であり「霊界」は私達人間が本来行くべき場所だからです。

あ と が き
「霊障の原理」のページにも記述していますが人に憑依をする霊体は頭脳と肉体を持っておりません。霊体はあくまで「魂と幽体」だけの存在なのです。この「魂と幽体」=「霊体」が人として生きている時にその「頭脳と肉体」で間違った生き方をしていたからこそ地獄霊界に落ちて苦しみ、その苦しみを訴える為に人に憑依をするのです。

「魂と幽体」は「頭脳と肉体」の人間としての生き様によって霊界の行き場所が決まるのです。つまり、「頭脳と肉体」は「魂と幽体」を霊界にいざなう為の「羅針盤」と言えるのです。これは悪霊にも同じ事が言えます。悪霊も「頭脳と肉体」が悪意を持った人間生活を送っていたからこそ地獄霊界に行っても悪意を持って憑依をするのです。

しかし、霊界で苦しんでいる悪霊も霊体も「頭脳と肉体」を持っておりません。「頭脳と肉体」を持っていないからこそ浄霊によって救う事が出来るのです。すなわち、「頭脳と肉体」によって汚れた「魂(心)」は確かに地獄霊界の存在ですが「頭脳と肉体」が無くなった事によって依頼者の身体を通じて神の波動がダイレクトに作用するのです。

本来、人の「魂(心)」というものは水晶玉のようなきれいなものです。それが人として生きている内に「頭脳と肉体」によって汚されてしまうのです。その霊体の汚れを神の波動で浄化することによってどんな地獄の悪霊でも神界に行けるのです。したがって、私の浄霊はどのような霊体であっても浄霊によって救います。除霊ではありません。

神  鏡